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ナノ構造研究所における研究展開

ナノ構造研究所 所長代理
主幹研究員 平山 司

1. はじめに
 中部産業振興協議会において、2005年11月、「ものづくりの中心である中部にナノテクの推進力となる公的研究機関をつくるべきである」、そして「新しい財団の設立ではなく既存のファインセラミックスセンターを最大限活用する」という趣旨の提言がなされた。いわゆる「ナノテクセンター構想」である。この提言を受け、ファインセラミックスセンター内で種々の議論を重ねた末、「電子顕微鏡による微細構造解析」と「第一原理計算による計算材料設計」を2本の柱とする基本計画を提案した。その後、中部経済連合会との綿密な相談の元にこの案をブラッシュアップし、2007年4月に正式名称「ナノ構造研究所」としてめでたく船出するに至った。本稿では、ナノ構造研究所の基本構想、研究所計画の概要、事業内容等について解説する。


2. 基本構想
 基本構想を考えるにあたり、我々は「そもそも経済界が設立する研究所では何をしなければならないのか」という非常に基本的なところからすべての物事を考え直した。経済界が設立するのであるから、企業に役立つことをしなければならないのはほぼ自明である。しかし、個々の企業が十分やれることをやっていても意味がない。結局の所、「企業が必要としながらも個々の企業ではやることが困難であることをやらなければならない」というある意味当然の結論に達した。では、それは何なのかという問いの答えとして、我々は「電子顕微鏡」と「第一原理計算」を挙げた。
 電子顕微鏡解析はもともとナノテクに重要な解析手段と認識され、近年収差補正やホログラフィー技術に革命的な進歩があったが、高度な専門的知識や技術ノウハウが必要であり、装置は極端に高価(定価6億円以上?)になりつつある。よって、各企業で保有し十分な技術を醸成することがますます困難になってきている。また、第一原理計算は、量子力学の基本的な原理のみを用いて経験的要素を使わずに物質の構造や特性を算出する手法であり、多くの企業が注目しながらも学問的要素が強いために未だに使い手が多くは育っていない。以上のことより、この2分野こそが今後の材料開発にとって、「企業が必要としながらも個々の企業ではやることが困難であること」であるとの結論を下した。そして、さらに重要なことはこの2分野のコンビネーションには相乗効果があり、今後の材料開発に大きく貢献する可能性が高いことである。たとえば、電子顕微鏡により原子配列が解析されると、その原子配列がどのような物性を生み出すかを第一原理計算で求めるのである。これによって、新しい機能発現の解明をしたり、さらに優れた特性を持つ材料の設計指針を理論的に得ることができる。以上記述した基本構想を図1に示す。そして「世界最高レベルの解析力でものづくりを支援する」ことを基本理念として設定した。

図1. ナノ構造研究所の基本構想


3. 研究所計画の概要
 世界水準の研究所を形成するためには、資金も必要であるし、なりより人材が最重要である。このたび、東京大学の幾原雄一教授と京都大学の田中功教授には客員主管研究員としてご指導を受けることになった。優れた人材の新規採用も始まっている。現在電子顕微鏡や計算に関してJFCCが保有する研究設備や人材をすべて有効に活用することは当然であるが、今後さらに研究力を強化するために、重要な要素技術を定め、購入設備の仕様検討をし、電子顕微鏡棟の建設に着手した。ここでは、その具体的な計画の概要を説明する。

3-1.ナノ構造研究所の要素技術
 電子顕微鏡という名がつくものには多くの種類があるが、我々が日々の研究で主に用いているものは透過電子顕微鏡(TEM)と呼ばれるタイプのものである。電子顕微鏡の中では最も倍率や分解能が高いが、値段も高く操作も難しい。現在JFCCでは6台のTEMを保有している。比較的初心者向けのTEMから、最新鋭の高分解能分析ホログラフィー電子顕微鏡に至るまで少しずつ性能や機能の違う機種を目的に応じて使い分け、効率的な実験に役立てている。ナノ構造研究所では今までに蓄積してきたTEM技術に加え、図2に示すような技術を要素技術と定め、調査や新規設備の仕様検討を行っている。

図2. ナノ構造研究所の要素技術

(1)収差補正走査透過電子顕微鏡法
 収差補正走査透過電子顕微鏡法は、原子の大きさ以下に細く絞った電子ビームを薄い試料上に走査し、試料を透過した電子を検出器で捉え、その強度を入射電子ビームの走査と同期させて原子配列像を得る手法である。図3にその原理図を示す。近年ドイツやイギリスで開発された「収差補正技術」によって、電子ビームを原子サイズ以下に絞れるようになったために、非常に明瞭な原子配列像が観察できるようになってきた。但し、値段も大変高くなり、先述のように各企業で保有するのは簡単ではない。
 図4にはアルミナ粒界に存在するイットリウム原子が観察された例を示す1)。これはまだ収差補正装置を導入する前に走査透過電子顕微鏡で得られた結果である。アルミナにイットリウムをわずかに添加すると、クリープ強度が非常に高くなることが知られていたが、その理由は定かではなかった。しかし、この観察で、イットリウムは粒界に存在していることがわかった。さらに、第一原理計算でそのイットリウム原子周辺の電荷密度を求めると、共有結合性が強くなっており、本来弱かった粒界を強い共有結合で強化していることが判明した。すなわち、アルミナのクリープ強度がイットリウム添加によって向上するメカニズムが解明されたのである。現在は,イットリウム以外の元素がどんな効果を持つか、あるいは2種以上の元素を添加したらどうなるかなどを計算で予測しており、いわゆる「新材料開発の合理的設計指針」が得られると期待されている。

図3. 収差補正走査透過電子顕微鏡法の模式図 図4. アルミナ粒界の原子配列観察とクリープ強度向上メカニズムの解明

(2)高感度ホログラフィー電子顕微鏡法
 電子線ホログラフィーを用いると、物質のみならず、ミクロの領域の電場・磁場などを可視化することができ、様々な材料の電磁気的機能を解析するのに非常に役立つ。図5に電子線ホログラフィーの手法と解析例を示す。
 電子線ホログラフィーは2段階の結像方法である。まず、第一段階では、電子顕微鏡を用いて「ホログラム」と呼ばれる干渉縞を撮影する。次に、第二段階でホログラムをコンピューター解析する。この手法で磁場を可視化することができるので、たとえば磁石の磁性劣化機構の研究などを行い、耐久力にすぐれた磁石の開発に役立てることができるのではないかと考えている2)。また、電場を観察できることを用いて、我々は最近半導体の中に含まれるドーパント(高度な機能発現のために半導体中に添加される微量元素)の分布を解析することに成功した3)。いままではこのような解析方法がなかったので、半導体分野ではおびただしい量と種類の試作を行い最適製造条件を決定してきたが、この手法を用いると試作の量を大幅に減らし、開発費の大幅な削減と開発のスピードアップにつながる可能性が出てきた。現在、多くの企業から共同研究や技術指導の要請を受け、忙しい日々を送っている。純粋な科学研究として評価されるだけでなく、産業界に大きな貢献をすることができれば、これ以上の喜びはない。
 ナノ構造研究所では、この「ミクロの電場・磁場解析」を「ナノの電場・磁場解析」に高度化するために、電子顕微鏡自体の設計を含めた新しい「高感度ホログラフィー電子顕微鏡」の開発を行い、さらなるナノワールドへの貢献を目指す。
図5. 電子線ホログラフィーの手法と解析例

(3)環境制御型電子顕微鏡法
 透過電子顕微鏡の内部は通常常温で真空である。しかし、高温で使用する材料は高温で解析すれば、あるいはガス中で使用するものはガス中で観察すれば遙かに有益な情報が得られると思われる。環境制御型電子顕微鏡法とは、試料の使用環境や製造環境に近い環境を電子顕微鏡内で作り出し、その環境下で観察・解析を行うことによって、生きた情報を得る手法である。JFCCにはレーザー加熱による2000℃レベルまでの超高温観察(1997年学会技術開発賞)や電子顕微鏡内引っ張り試験によるセラミックスの破壊挙動の直接観察などいくつかの先駆的研究成果があるが、これらをさらに発展させる形で、新しい環境制御型電子顕微鏡を開発導入すべく現在検討を重ねている。

(4)第一原理計算
 第一原理計算は「First principle calculations」の直訳である。これは量子力学の基本原理(シュレディンガー方程式)から出発し、経験則を入れずに物理現象を記述する手法である。これによって未知現象や人工的に今後作り出す物質の物性などを予測することができる。たとえば、結晶の粒界構造、電気特性・磁気特性、X線・可視光などのスペクトルなどが計算可能である。ナノ構造研究所では、特に結晶構造、粒界構造、誘電体物性などに重点を置き、計算手法のさらなる開発と物性予測を通した材料開発への貢献を掲げて研究を展開する。

3-2 電子顕微鏡棟の新築
 現在のすべての電子顕微鏡室には、所狭しと電子顕微鏡がならび、進行中の受託研究のためには一台も廃却することはできない。よって、新しい4台の電子顕微鏡導入のために、新建屋の建築に着手した。三階建て、総床面積約900m2程度のものであり、一階は振動対策を施した4つの電子顕微鏡室、二階は試料準備室と画像解析室、三階は研究員居室という構成になっている。

3-3 研究員の採用と育成
 現在ナノ構造研究所に勤務する研究職員は10名余であるが、2〜3年の間に20名程度に増員する予定である。しかし、最も重要なことは単に人数を増やすことではなく、優秀な人材を採用・育成することである。優秀な人は、この研究所が優れた研究所であるという評価をしてはじめて応募してくるのである。研究所は研究員を選び、研究員は研究所を選ぶ時代である。そういうセンスで、研究員の採用と育成をしていきたいと思う。


4. 事業内容
 ナノ構造研究所では大きく分けて3つに事業を行う。

(1)世界最先端水準の電子顕微鏡技術に関する研究
 企業における技術開発で、ある分析技術や解析技術がないと前進できなくなることがたびたびあると聞く。そのとき、必要な分析解析技術がはっきりしてからその技術を開発しようとするのでは遅い。5年先、10年先あるいはもっと先を真剣に睨み、今何を始めるべきかを見定め、多少の異論があっても突き進むのが先進的研究というものであろうと考える。ナノ構造研究所では、先述の4つの要素技術を重要課題に設定し、世界水準で通用するレベルの研究を行う。

(2)高度な電子顕微鏡解析、計算による産業支援
 今までに行ってきたような、企業からの依頼による研究や我々から企業への提案によって始まる研究を民間受託研究として行う。ここでは企業の現実的ニーズを的確に捉え、産業貢献することを基本に研究を展開する。従来の依頼試験も引き続き行う。

(3)オープンラボ
 これは、企業から研究員を派遣していただき、JFCCの電子顕微鏡をフルに活用して企業の試料を解析していただく制度である。ナノ構造研究所を企業の電子顕微鏡解析分室としてご活用いただくものと言い換えてもいい。JFCC職員は企業からの研究員のスキルアップのために情報提供・技術訓練に積極的に協力する。図6に概念図を示す。企業からオープンラボに参加していただく方々のために、機密管理に配慮した個室も作られる。

図6. オープンラボの概念図


5. まとめ
 このたび、中部経済連合会の強力なご支援で、ナノ構造研究所がスタートした。新しいナノテクノロジー時代を迎え、経済界のリードで研究所が設立されたことは、各方面で予想以上の話題になっているようである。筆者も国際会議に出かけると、よくつかまって「どんな研究所なんだ? 何をやるんだ?」と聞かれる。この研究所で世界水準の研究成果が次々と出され、企業貢献ができるように、職員一同死力を尽くす覚悟である。また、この研究所は産業にとって研究が何かという問いに対する答えを出す社会実験でもあると思う。どうか皆様の建設的できびしいご批判と暖かいご支援をお願いしたい。


参考文献
1) J. Buban, et al. Science, 311, 212-5 (2006).
2) T. Hirayama et al. Appl. Phys. Lett., 63, (3), 418-420 (1993).
3) Z.Wang et al. Appl. Phys. Lett., 80, (2), 246-248 (2002).

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