プレスリリース

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【概要】

 成蹊大学大学院理工学研究科 三浦正志教授(JST創発的研究支援事業・創発研究者、米国ロスアラモス国立研究所・長期客員研究員)は、東京大学 大学院総合文化研究科 前田京剛教授のグループ、大学院工学系研究科 加藤康之助教、山梨大学 關谷尚人准教授、ファインセラミックスセンター 加藤丈晴博士のグループ、東北大学 淡路智教授のグループ、ロスアラモス国立研究所 B. Maiorov博士とL. Civale博士と共に、図1に示す新材料設計指針である『磁束ピン止め点注3)制御』と『キャリア密度注4)制御』の融合により銅酸化物高温超伝導材料YBa2Cu3Oy(Y123)の薄膜線材を創製し、すべての超伝導材料の中で最も高い世界最高の超伝導臨界電流密度150 MA/cm2を液体ヘリウム沸点温度(−269 ℃)で達成しました。また、本指針により鉄系超伝導材料BaFe2(As1-xPx)2(Ba122:P)注5)の薄膜においても世界最高級の超伝導臨界電流密度を達成し、種類の異なる超伝導材料への有効性を確認しました。
 本研究成果は、英国科学誌Nature系の専門誌「NPG Asia Materials」(オンライン:2022年10月21日)に掲載されました。

【研究の背景】

図2 飛躍的に増大した超伝導臨界電流を有する超伝導薄膜線材が拓く社会.

 超伝導は電気抵抗ゼロで大電流(超伝導電流)を流せる唯一の材料です。そのため、図2に示す様々な応用が期待されています。これらに応用するためには、磁場下で高い超伝導電流が求められます。これまでの研究より、❶超伝導体内に侵入する量子化磁束注6)の運動を抑制する磁束ピン止め点(非超伝導)粒子の導入が超伝導電流向上に有効であることが知られています。また、❷キャリア密度が高いほど多くの超伝導体の超伝導臨界電流密度が高くなる傾向がありました。応用に向けた飛躍的な超伝導臨界電流密度向上には、❶と❷の融合による新しい材料設計指針(図1参照)が必要でした。しかし、従来のY123薄膜を作製する方法では、磁束ピン止め点を導入すると超伝導相の結晶性が低下し、また、ひずみが加わることによりキャリア密度が低下する課題がありました。そのため、❶と❷を融合することが難しく、❶と❷を独立に制御し特性向上を試みているため超伝導臨界電流密度は頭打ちとなっていました。

【本研究成果】

図3 磁束ピン止め点とキャリア制御の融合により超伝導臨界電流を飛躍的に増大させる新材料設計指針.

 本研究では、独自薄膜作製法[特許第5270176号注7)(21世紀発明賞注8))]を応用して❶超伝導相に対してインコヒーレント(粒子との界面の結晶格子が不連続)非常伝導相BaHfO3ナノ粒子を導入することで、Y123薄膜の結晶性や格子定数にほぼ影響なく高密度(80×1021個/m3)な磁束ピン止め点を導入することに成功しました(図3(左)参照)。❷酸素雰囲気下熱処理を制御することでBaHfO3導入Y123薄膜のCuOチェーン注9)に高密度酸素を注入しキャリア密度を制御し、特に重要なパラメータである熱力学的臨界磁場注10)向上に成功しました(図3(右)参照)。この結果、世界で初めて❶と❷の融合を実現し、超伝導電流向上に重要な各パラメータを向上させ、世界最高の超伝導臨界電流密度を達成しました。また、種類の異なる鉄系超伝導Ba122:P薄膜作製には、独自薄膜作製手法[特許第5757587号注11)]を応用し、❶と❷を融合することでBaZrO3導入Ba122:P薄膜の特性向上に成功しました。

図4 液体ヘリウム沸点温度(−269 ℃)における様々な
超伝導材料注12)の超伝導臨界電流密度(磁場無).
図5 液体ヘリウム沸点温度(−269 ℃)における様々な
超伝導材料注12)の磁場中超伝導臨界電流密度.

 図4に超伝導が発現する温度(超伝導転移温度、Tc)の異なる超伝導材料の液体ヘリウム沸点温度(−269 ℃)における外部磁場無しの超伝導臨界電流密度(Jc)を示します。図における塗りつぶしマークは、各超伝導に磁束ピン止め点を導入した材料です。いずれの超伝導材料においても磁束ピン止め点を導入することで超伝導電流が向上していることが分かります。さらに、図より本材料設計指針により創製したY123薄膜線材は、すべての材料の中で最も高い超伝導臨界電流密度150 MA/cm2であることが分かります。図5に超伝導電磁石応用上最も重要となる磁場中における超伝導臨界電流密度を示します。図より本設計指針により創製したY123超伝導薄膜線材は、18 Tの高磁場まで世界最高の超伝導臨界電流密度を得ることに成功しました。
 本研究で革新的高超伝導臨界電流密度を有するY123線材創製に成功したことにより、液体ヘリウムを冷媒とした大型ハドロン衝突型加速器[~20 T]、核融合発電[~20 T]、分子構造解析に用いられる核磁気共鳴(NMR)装置[~24 T]、研究用磁気共鳴断層撮影(MRI)装置[~10 T]、医療用MRI装置[~3 T]やリニアモーターカー[~1.5 T]などへの応用が期待されます。また、本研究で創製したY123薄膜線材は、液体窒素沸点温度(−196 ℃)において超伝導電流密度9.5 MA/cm2(外部磁場無)の世界最高値を達成しました。これにより、これまで応用が難しいとされてきた液体窒素を冷媒とする超伝導電力貯蔵装置(SMES)[~5 T]、航空機用超伝導モーター[~3 T]、医療用MRI[~3 T]、発電機[~3 T]などへの応用が期待されます。

【論文情報】

本研究成果は、英国科学誌Nature 系の専⾨誌「NPG Asia Materials」(オンライン:2022年10月21日)に掲載されました。

論文名:Thermodynamic approach for enhancing superconducting critical current performance

著者名:Masashi Miura, Go Tsuchiya, Takumu Harada, Keita Sakuma, Hodaka Kurokawa, Naoto Sekiya, Yasuyuki Kato, Ryuji Yoshida, Takeharu Kato, Koichi Nakaoka, Teruo Izumi, Fuyuki Nabeshima, Atsutaka Maeda, Tatsumori Okada, Satoshi Awaji, Leonardo Civale and Boris Maiorov

DOI :10.1038/s41427-022-00432-1

【研究支援】

 本研究は、科学技術振興機構(JST) 創発的研究支援事業 研究課題JPMJFR202G「新材料設計指針により対破壊電流密度に挑む(研究代表者:三浦正志 成蹊大学 大学院理学研究科 教授)」(創発 PO:井村順一 東京工業大学 理事・副学長/工学院教授)、日本学術振興会(JSPS) 科研費基盤研究(B) 20H02184の支援を受けて行われました。

【用語説明】

注1)銅酸化物高温超伝導材料YBa2Cu3Oy

1987年にアラバマ大学のマウケン・ウー博士とヒューストン大学のポール・チュウ博士により発見された超伝導材料。超伝導転移温度は、95ケルビン(摂氏マイナス178 ℃)に達する。

注2)テスラ

磁場(磁束密度)の強さを表し、Tで表記される。

注3)磁束ピン止め点

磁場下の超伝導体内には、量子化された磁束(量子化磁束)が侵入する。この量子化磁束は、超伝導に流れる超伝導電流と磁場によるローレンツ力(電磁場中で運動する荷電粒子が受ける力)を受け、超伝導体内を運動するため、この運動により超伝導電流が流れにくくなる。そこで、超伝導電流向上を目的に、量子化磁束の運動を抑制(ピン止め)するために導入する非超伝導相のことを磁束ピン止め点とよぶ。

注4)キャリア密度

体積あたりの電荷キャリアの個数である。銅酸化物高温超伝導YBa2Cu3Oyや鉄系超伝導BaFe2(As1-xPx)2のキャリアは、ホール(物質中で正の電荷を運ぶ担体として振る舞う)である。

注5)鉄系超伝導材料BaFe2(As1-xPx)2

2008年に東京工業大学の細野秀雄 栄誉教授のグループにより発見された鉄を含む一連の超伝導体群(鉄系超伝導体)の一つでAeFe2As2(Aeはアルカリ土類金属)を母相とした超伝導体。BaFe2(As1-xPx)2の最高超伝導転移温度は、31ケルビン(摂氏マイナス242 ℃)に達する。

注6)量子化磁束

超伝導体を貫く量子化された磁束。その大きさは、φ0=h/2e=2.07×10-17 ウェーバー(hはプランク定数, eは電子の電荷)で表される。量子化磁束のサイズはナノサイズである。

注7)特許第5270176号

三浦正志、中西尚達、須藤泰範、和泉輝郎、塩原融により発明された「RE系酸化物超電導線材及びその製造方法」。具体的には、金属有機化合物分解(MOD)法を用いてY123超伝導薄膜内に非超伝導ナノ粒子を導入する方法に関する特許。

注8)21世紀発明賞

(公社)発明協会(総裁 常陸宮正仁親王殿下)が表彰する賞で、科学技術的に秀でた進歩性を有し、かつ、中小・ベンチャー企業、大学及び公設試験研究機関等の研究機関に係る発明の中で著しく優秀と認められる発明が対象。令和2年度から未来創造発明賞に名称変更。

注9)CuOチェーン

Y123は、CuO鎖(チェーン)サイトに酸素イオンが入ることで超伝導が発現する。よって、このサイトの酸素量を制御することがかなり重要になる。

注10)熱力学的臨界磁場

臨界電流密度に非常に大きな影響を与えるパラメータ(JcHc2)。ひずみやキャリア密度などで制御することが可能であるが、基本的には材料固有のパラメータである。大きさは、μ0Hc=0.35(φ0/λabζab) テスラ(φ0は真空中の透磁率、λabは磁場侵入長、ζabはコヒーレンス長)。

注11)特許第5757587号

三浦正志、安達成司、田辺圭一、細野秀雄により発明された「鉄系超電導材料、及びこれからなる鉄系超電導層、鉄系超電導テープ線材、鉄系超電導線材」。具体的には、パルスレーザー蒸着(PLD)法を用いてBa122:P薄膜内に非超伝導ナノ粒子を導入する方法に関する特許。

注12)図4および図5に示した様々な超伝導体の詳細組成

(Y,Ca)123:(Y1-xCax)Ba2Cu3OyBi2223: Bi2Sr2Ca2Cu3O10+δHg1223: HgBa2Ca2Cu3O8+δBi2212: Bi2Sr2CaCu2O8+δ

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