スピン波とイオンで実現!AI向け新デバイスが高性能を達成
2024年11月22日
Press Releases
2024年11月22日
1.NIMSとファインセラミックスセンター(以下「JFCC」)の研究チームは、スピン波(磁気の波)とイオン制御技術を組み合わせた次世代のAIデバイスを開発しました。この新技術により、従来の技術を大きく超える高度な情報処理が可能となり、AI分野における革新が期待されます。
2.AIデバイスの進化が進む中、低消費電力で高性能なデバイスへのニーズはますます高まっています。今回開発されたデバイスでは、磁性体「イットリウム鉄ガーネット(YIG)」にアンテナを取り付け、スピン波を発生させます。電圧をかけて注入されるイオンの量に応じてスピン波の干渉パターンを変化させ、この干渉を計算処理に活用します。この技術により、従来のデバイスを大幅に上回る計算性能が実現しました。
3.特に、このデバイスを用いた時系列データの予測では、従来のデバイスに比べて予測精度が大幅に向上しました。Mackey-Glass方程式を用いたテストでは、予測誤差を1桁以上低減することに成功しています。Mackey-Glass方程式は、生体内の複雑な変動をモデル化したもので、時系列データ予測の精度を測定するための標準的なテストです。
4.この技術は、単結晶だけでなく磁性体の薄膜にも適用可能であり、小型化しても高性能を維持できるため、さまざまな産業分野での応用が期待されます。特に、各種センサーと組み合わせると、低消費電力かつ高精度なAIデバイスとして広く活用できる可能性があります。
5.本研究は、NIMSナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA)ニューロモルフィックデバイスグループの土屋敬志グループリーダー、並木航NIMSポスドク研究員(研究当時。現同センター研究員)、西岡大貴研修生(研究当時。現NIMS若手国際研究センターICYSリサーチフェロー)、 MANAイオニクスデバイスグループの寺部一弥グループリーダーと、 JFCC の野村優貴主任研究員、山本和生グループリーダーによる研究チームによって、防衛装備庁安全保障技術研究推進制度による支援を受けて行われました。
6.本研究成果は、2024年11月17日にAdvanced Science誌のオンライン版に掲載されました。
* 物質・材料研究機構は、その略称をNIMS(National Institute for Materials Science)に統一しております。
近年、深層学習をはじめとする機械学習が飛躍的に発展し、様々な産業での活用が進んでいます。しかし、その一方で、機械学習による電力消費やクラウド通信量は指数関数的に増加しており、深刻な社会問題となっています。この解決のため、低消費電力で高度な計算処理が可能で、小型かつ集積性に優れるAIデバイスの開発が急務となっています。
特に「物理リザバー(1)」と呼ばれる材料・デバイスが入力に対して示す物理現象(非線形応答)を計算に利用する「物理リザバーコンピューティング(2)」が注目されています(図1)。この技術は、高効率な脳型情報処理を実現するものであり、光学回路、CMOS回路、ソフトボディ、ナノワイヤネットワークなど多種多様な材料・デバイスの研究開発が進められています。しかし、現状では物理デバイスの計算性能が、従来型コンピュータを用いたソフトウェア型機械学習よりも劣ることが課題です。そのため、低消費電力かつ高性能なAIデバイスの実現に向けて、より高い計算性能を持つ物理リザバーの開発が強く望まれています。
本研究では、磁性体内を伝播する「スピン波(3)」と呼ばれる磁気の波を利用し、水面に広がる波紋のように干渉させて生じる干渉パターンを計算資源として活用する、高度な物理リザバーコンピューティングの新技術を開発しました。このスピン波の干渉を利用する手法は、東京大学の中根らによる理論研究に基づき、我々が世界に先駆けて実験的に実証したものです。
今回の研究では、磁性体に電圧を印加して水素イオンを挿入することでスピン波を変化させ、干渉パターンを多様化させるとともに、計算性能の向上を目指しました。実験では、図2(a)に示すように、スピン波の減衰が小さく、伝播距離が長い磁性体としてイットリウム鉄ガーネット(YIG)を採用し、スピン波を励起するためのアンテナと干渉後の信号を検出するためのアンテナを取り付けたデバイスを作製しました。このデバイスは、YIG表面に水素イオン伝導性ポリマー電解質であるナフィオンを取り付け、水素イオン(プロトン)を供給できる構造となっています。電極に電圧を印加することで、YIG内に水素イオンを挿入し、同時に電子を注入することが可能です。
この電子によってYIG中の四面体サイトに存在する鉄イオンにアップスピンが付加され、結果として有効磁気モーメントが低下し、飽和磁化や異方性磁界が減少するため、スピン波の共鳴周波数が上昇します[図2(b)]。この効果を電圧の大きさで調節することにより、スピン波の干渉パターンを広範囲に制御することが可能となり[図2(c)]、この多様な干渉パターンを計算資源として活用することで、物理リザバーコンピューティングを実現できます。
図2. (a)本研究で開発したAIデバイスの模式図。黄緑の波はYIGを水紋のように伝搬するスピン波を表しています。(b)磁性体(YIG)への水素イオン挿入による磁気特性変化を示しています。(c)電圧で制御したスピン波の干渉パターンを表しています。
本手法を用いた物理リザバーコンピューティングにより、典型的なベンチマーク試験であるMackey-Glass方程式予測タスク(4)を実施しました。実験では、Mackey-Glass方程式から得られる現在の情報を2つの励起アンテナに入力してスピン波を励起し、対応するスピン波の干渉パターンの時間変化を2つの検出アンテナで検出しました。得られた干渉パターンと出力重みの線形和を用いて、Mackey-Glass方程式に基づき1ステップから10ステップ先の未来状態を予測しました。
図3(a)には、1ステップ先の未来を予測した結果を示しています。正解との誤差は6.25×10-5と極めて小さく、99 %以上の高精度で予測できました。また、予測誤差を他のCMOS回路や光学回路などを用いた既存の高性能デバイス(5)と比較したところ[図3(b)]、今回のデバイスは従来のチャンピオンデータ(1.37×10-3)より1桁以上精度が向上していることが確認されました。本研究で、既存デバイスと比較して簡素な素子構造および単純なネットワーク構造を保ちながら飛躍的な高性能化を達成できたため、素子数の低減による高集積化や低消費電力化につながる可能性があります。さらに、本研究の性能は、高精度であるものの非常に多くの積和演算が必要なソフトウェア型機械学習と同等であったため、機械学習の積和演算数を低減することによって消費電力を大幅に低減する道筋が示されました。
図3. (a) Mackey-Glass方程式予測タスクにおける、本研究の予測結果と正解との比較。(b)既存のデバイスとの予測誤差の比較。
本研究により、スピン波の干渉パターンをコンピュータのように機能させる新技術が得られました。単結晶だけでなく、磁性体薄膜でも生じる物理現象を利用し、ソフトウェア型機械学習に匹敵する高性能な情報処理を実現できる点は、実用化に向けた大きなメリットです。さらに、非常に複雑な人体の白血球量の変動をモデル化したMackey-Glass方程式予測タスクをスピン波で予測できたことから、磁性体の性質を活用した高集積かつ高性能なAIデバイスへの発展が期待されます。
題目:Iono-magnonic Reservoir Computing with Chaotic Spin Wave Interference Manipulated by Ion-Gating
著者:並木航, 西岡大貴, 野村優貴, 土屋敬志, 山本和生, 寺部一弥
雑誌:Advanced Science(DOI: 10.1002/advs.202411777)
掲載日時:2024年11月17日
入力された時系列信号を内部の物理現象で非線形に変換し、出力する機能を持つ物体です。非線形性、多様性(高次元性)、短期記憶といった特性が求められ、それらの性能が計算能力に大きく影響します。
「物理リザバー」に信号を入力し、内部で生じる物理現象を利用して信号の様々な特徴を分類し、情報処理を行う手法です。物理リザバーコンピューティングでは、主に「非線形変換」と「線形回帰による訓練」の2つの処理が行われます。前者は物理リザバー内で、後者は通常外部の計算機で実行されます。「非線形変換」は計算機で行うと膨大な計算資源を必要としますが、「線形回帰による訓練」は計算ステップ数やメモリ使用量が非常に少ないため、計算機で効率的に実行可能です。物理リザバーコンピューティングでは、非線形変換を物理リザバー内の物理現象で行うことで、計算資源を節約し、消費電力を大幅に低減できる利点があります。なお、物理リザバーコンピューティングは、量子力学的な現象である量子重ね合わせや量子もつれを利用する量子コンピューティングとは異なり、量子コンピューティングが極低温環境を必要とするのに対し、物理リザバーコンピューティングは本研究で示したように室温で実行可能です。
磁性体内部で生じるスピンの集団的な励起運動であり、あるスピンの歳差運動が隣接するスピンに次々と影響を与え、その歳差運動が波のように磁性体内を伝播する現象です。スピン波は水面の波紋のように干渉する性質を持ち、特にスピン波の強度が強い場合、干渉するスピン波が非線形に強め合うことがあります。スピン波の振る舞いは、外部磁場や磁性体の形状に加え、磁性体の特性(飽和磁化や異方性磁界)とも密接に関連しています。
Mackey-Glass方程式は、もともとは血液中の血球生成における遅延フィードバックをモデル化するために提案された「遅延微分方程式」です。この方程式は、過去の状態が現在の状態に影響を与える特徴を持ち、特に遅延が大きくなるとカオス的な挙動を示すことが知られています。Mackey-Glass方程式予測タスクは、この方程式を使って未来の状態を予測するもので、物理リザバーやニューラルネットワークモデルの性能を評価するためのベンチマークとして広く利用されています。
CMOS(相補型の金属-酸化膜-半導体型電界効果トランジスタ)回路を用いた物理リザバーコンピューティングでは、従来のCMOS技術を基に回転ニューロンリザバーという方式を採用して高性能を得ています。また、光学回路を用いた物理リザバーコンピューティングでは、光の位相や強度を電気入力信号できるマッハ・ツェンダー変調器や高速な光を遅延させるためのファイバーループやフィードバックループを使用して高性能を得ています。これらはいずれも、複雑な構造を駆使して高性能を得ているため、回路に含まれる素子数が多くなり電力消費が高くなることや高集積に向かないなどの課題があります。
(研究内容に関すること)
NIMS ナノアーキテクトニクス材料研究センター ニューロモルフィックデバイスグループ
グループリーダー 土屋敬志(つちやたかし)
: TSUCHIYA.Takashinims.go.jp
TEL: 029-860-4563
URL: https://www.nims.go.jp/group/neuro/
(報道・広報に関すること)
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