構造常識を覆すトポケミカル反応の発見
-カゴメ格子をもつ新しい二次元量子物質の創製に成功-
2025年7月22日(報道解禁7月25日)
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2025年7月22日(報道解禁7月25日)
酸化物の性質は、金属の価数や空間配列によって大きく左右されます。中でも、結晶骨格を保ちながら特定の原子だけを選択的に出し入れする「トポケミカル反応」は、物性を制御できる手法として広く用いられてきました。しかし、従来は金属サイトの数や配置を保つ「1:1対応」が前提とされ、骨格自体の再構成は不可能と考えられてきました。京都大学大学院工学研究科の樋口涼也 修士課程学生、石田耕大 同博士課程学生(研究当時)、高津浩 同准教授、陰山洋 同教授らの研究グループは、京都大学理学研究科、ボルドー大学、ファインセラミックスセンター、東北大学、桂林理工大学との共同研究により、「1:1対応」を破る新しいトポケミカル反応を世界で初めて実現しました。
本研究では、モリブデン(Mo)とタンタル(Ta)を含む層状酸化物にアンモニア処理を施し、MoO4四面体構造の2層がMoO6八面体の1層へと変換される「2:1構造再編」に成功しました。変換後の八面体層内には、Mo原子がカゴメ格子と呼ばれる特異な二次元構造を形成し、量子物性の発現を示唆する結果を確認しました。この成果は、トポケミカル反応による構造変換が“骨格再構成”へと進化し得ることを示す初の事例であり、低温合成で到達可能な構造自由度の飛躍的拡大を意味します。今後の量子機能材料の設計に新たな指針を与えるものであり、量子コンピュータや省エネルギー電子デバイスへの応用も期待されます。
本研究成果は、2025年7月24日(現地時間)に国際学術誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に掲載されます。

本研究の発見:四面体構造の2層が八面体の1層へと変換される新しいトポケミカル反応
私たちの身の回りの無機結晶は、原子が規則正しく配列しており、その構造に応じて多様な物性を示します。酸化物をはじめとするセラミックスは通常、高温(1000℃~2000℃)での反応によって合成され、得られるのは熱力学的に安定な「安定相」に限られます。一方、低温でエネルギー効率よく、かつ環境負荷を抑えつつ「準安定相*1」を得る手法として注目されているのが「トポケミカル反応」です。これは、結晶骨格を保ったまま、特定のイオンを選択的に出し入れ・置換する反応であり、新しい物性の発現にもつながる柔軟な合成手法です。
ただし、従来のトポケミカル反応では、各構成層の「1:1対応」変換が常識でした。例えば、ストロンチウム(Sr)と鉄(Fe)の酸化物であるSrFeO3からSrFeO2への反応では、酸化物イオン(O2–)の脱離により構造は三次元から二次元へと変化しますが、FeO6八面体層は、そのまま1対1でFeO4四配位層へと変換されます(図1上)。
こうした中、京都大学の陰山グループは、Mo2Ta2O11という層状酸化物に着目しました。この物質は、MoO4四面体2層とTaO6八面体2層が交互に積層する構造をもちます(図1下)。本研究では、この化合物にアンモニア処理を施すことで、MoO4四面体の2層が、MoO6八面体の1層へと変換される前例のない構造変化を偶然発見しました。つまり、「1:1対応」が破られ、骨格自体が再構成される新しいタイプのトポケミカル反応が実現したのです。
その結果、「カゴメ格子」と呼ばれる特異な構造をもつ二次元導電性物質が得られ、量子物質としての機能発現が期待される成果となりました。
酸素脱離によりFeO6八面体層がFeO4四配位層へと変化する「1:1対応」の例。八面体同士が連なっていた構造から、八面体の上下の頂点に位置していたO2-(酸素)が2個外れたことにより、平面四角形が連なる構造へと変化しました。(SrFeO3→SrFeO2)を示します。これに対し、本研究では、MoO4四面体の2層がMoO6八面体の1層へと変換される「2:1対応」の構造再編成を発見しました(Mo2Ta2O11→Mo3Ta2O10N)。この反応により、MoO6八面体層内にカゴメ格子が形成され、絶縁体から導電性の二次元量子物質への転換が実現されました。また、積層方向(c軸)の収縮は18%に達し、従来のトポケミカル変換を大きく上回る構造変化を示します。

本研究グループは、層状化合物Mo2Ta2O11を比較的低温(500℃)のアンモニア雰囲気下で、Mo(CO)6*2を添加して反応させました。また、得られた物質の構造を、放射光X線回折、中性子回折、電子顕微鏡など多角的手法により詳細に解析しました。その結果、MoO4四面体の2層が統合され、MoO6八面体の1層へと変換される構造再編が確認できました(図2)。
母相Mo2Ta2O11は、MoO4四面体の2層とTaO6八面体の2層が交互に積層した菱面体晶構造をもちます。アンモニア処理後、X線回折パターンでは、面内反射(例:2–10)*3には大きな変化が見られなかった一方、面外反射(例:003)は高角度側へ著しくシフトし、c軸方向の収縮率は18%に達しました。これは、トポケミカル反応としては極めて大きな変化であり、例えば、頂点酸素*4が全て除去されるSrFeO3→SrFeO2の変換においても収縮率は–10%にとどまります(図1中の表)。電子顕微鏡観察によって、MoO4四面体2層がMoO6八面体1層に変換される、すわなち「1:1対応」が破られた構造再編が明確に確認されました。
さらに、放射光X線回折データに基づくリートベルト解析*5などの結果、新たに得られたのは酸窒化物*6であり(組成はMo3Ta2O10N)、モリブデン(Mo)イオンが日本の竹籠に似た「カゴメ格子*7」を形成していることが明らかになりました。カゴメ格子は特異な電子状態や磁気状態をもたらすため、近年物性物理の分野で大きな注目を集めています。本研究では構造変換に伴い、Moイオンの価数が+6(d0)から+4.33(d1.67)へと変化しており(図3)、もともと絶縁体であったMo3Ta2O11が、導電性をもつMo3Ta2O10Nへと変換されることが確認されました(図4)。これにより、本物質は、ディラック電子系やワイル半金属に類似する特異な電子構造を有する、新しい二次元量子物質である可能性が示されました。
反応前(赤)と反応後(青)の比較から、面内反射(003など)のピークが高角度側へ大きくシフトしており、これは、積層方向(c軸)の顕著な収縮(–17.8%)を示します。これは、MoO4四面体の2層構造がMoO6八面体の1層構造へと変換されたことに対応し、結晶構造が大きく再編されたことを意味します。面内のピーク(2–10など)には大きな変化がみられません。

Mo 3dおよびTa 4d領域を詳細に解析した結果、前駆体ではMo6+成分のみが観測されたのに対し、生成物Mo3Ta2O10Nでは、Mo3Ta2O10Nでは最大で4価まで還元されていることが明らかになりました。わずかに残るMo6+成分は、表面酸化によるものです。

NMRにより得られた緩和時間T1を用いて算出した1/T1Tは、温度の二乗(T2)に比例する関係を示しました。このような挙動は、絶縁体に典型的な指数関数型の温度依存性(exp(–1/T))とは異なり、導電性物質に特徴的な振る舞いです。

本研究の最大の成果は、「1:1対応」が破れたトポケミカル反応を世界で初めて実現した点にあります。従来のトポケミカル反応では、各層が1対1で対応する構造変換が常識とされてきましたが、本研究では2層構造が単1層へと再編される「2:1対応」の新たな変換現象を発見しました。さらに、この変換により、量子物性研究で注目される「カゴメ格子」が創出されたことも特筆すべき成果です。これまでカゴメ格子構造は、高温合成などで直接構築する必要がありましたが、本研究では、カゴメ格子をもたない母相から、低温のトポケミカル反応を通じてその形成に成功しました。このようにして得られたカゴメ格子物質は、ディラック電子状態やフラットバンドといった特異な電子構造を示し、次世代の量子デバイスや新機能材料の設計に向けた強力な基盤となる可能性を秘めています。
近年、ツイスト 2 層グラフェンのように面内超構造が電子物性に大きな影響を与えることが注目されていますが、無機結晶材料、特にセラミックスにおいては、化学反応を通じて面内の原子配列そのものを積極的に変えることは極めて困難でした。本研究で見いだされた「2 層から 1 層への変換」は、こうした常識を覆すものであり、トポケミカル反応によって結晶骨格そのものが再構成した初の事例です。これにより、従来は到達不可能と考えられていた構造変換を合理的に設計できる可能性が示され、今後は、カゴメ格子に限らず多様な金属格子を設計・創出できる新たな手法として発展していくことが期待されます。
また、本研究で得られたカゴメ格子をもつ導電性物質は、トポロジカル量子状態の実現が期待される次世代の量子機能材料であり、超高速・低消費電力デバイスや量子コンピュータなどへの応用が見込まれます。
本研究は、複合アニオン化合物を対象とする科学技術振興機構(JST)先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)の一環として実施され、海外側研究代表者のローラン・カリオ博士(ナント大学)を中心とするフランス側 4大学のうち、特にボルドー大学が本成果に大きく貢献しました。構造解析は、ボルドー大学のセドリック・タッセル教授(元京都大学准教授)との共同で行われ、物性の解釈には、同大学に留学した博士後期課程・村山寛太郎氏、および Vignolle Baptiste CNRS 研究員が重要な役割を果たしました。今回の成果は、未開拓だった複合アニオン系材料の工学・電子応用への展開を促すとともに、アニオン相関無秩序や高次構造といった科学的課題の解明にもつながると期待されます。さらに、このような新たな合成戦略によって得られる物質開発は、複合アニオン科学の深化に寄与するだけでなく、次世代材料科学を担う国際的研究人材の育成にも大きく貢献すると考えられます。
本研究は、日本学術振興会 先端研究拠点事業「エネルギー変換を目指した複合アニオン国際研究拠点」(JPJSCCA20200004)、科学技術振興機構(JST)先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)「次世代複合アニオン科学:反応・構造制御と新機能」(JPMJAP2408)、科学研究費補助金(JP20H00384, JP22H04914, JP24K01583)、学術変革領域研究 A「超セラミックス」(JP22H05143, JP22H05145, JP22H05146)、日本学術振興会特別研究員(JP20J15621)の支援を受けました。放射光 X 線回折の実験は、SPring-8 BL02B2(2024A1741)で行いました。
最もエネルギー的に安定な状態(安定相)ではないものの、通常の温度や圧力では長時間にわたり変化せずに存在しうる状態。例えばダイヤモンドは黒鉛よりエネルギー的に不利な構造ですが、常温常圧で長期間安定に存在する典型的な準安定相です。
アンモニア処理だけでは、Moが一部欠損した化合物(Mo3–xTa2O10N)が生成されてしまいます。これを防ぐため、Mo供給源としてMo(CO)6を添加することで、欠損のないカゴメ格子構造の形成を実現しました。
面内反射(例:2-10)は結晶の層面に平行な方向の周期構造からの回折であり、面外反射(例:003)は層面に垂直な方向、すなわち、積層方向の周期構造からの回折です。面内反射は結晶の面内構造を、面外反射は層間距離や積層秩序を反映します。
例えば、ペロブスカイト構造のSrFeO3(図1左上)において、FeO6八面体の頂点位置(八面体の上下位置)に位置する酸化物イオン(O2–)のこと。SrFeO2ではトポケミカル反応により頂点酸素が除去され、酸素空孔(図1右上SrFeO2の空白部分)となっています。
X線回折や中性子回折で得られた粉末回折パターンを結晶構造モデルで解析する手法。構造モデルから計算した理論パターンと実測パターンの差を最小二乗法で最小化し、格子定数、原子位置、熱振動パラメータ、ピーク形状などの構造パラメータを精密化します。粉末試料から定量的な結晶構造情報を得ることができます。
酸化物イオン(O2–)と窒化物イオン(N3–)の両方を含む複合アニオン化合物。従来の酸化物では得られない電子・光機能を引き出す新材料群であり、光触媒などへの応用が進められています。
六角形と三角形が規則的に並んだ、日本の竹籠に似た幾何学構造(図1右下)。当初は磁性絶縁体が研究対象でしたが、近年では非自明な超伝導や特異な電気・磁気物性が現れる量子物質として注目されています。
「『1:1対応』が破れて骨格そのものが大胆に再構成されるという新現象を捉えることができ、とても嬉しく思っています。母体をうまく選べば、カゴメ格子に限らず多様な格子を設計ではないかと期待しています。一方で、Mo3Ta2O10Nはキャリアドープなどが未開拓であり手付かずであり、今後は単結晶の構造変換と合わせて、その本質に迫っていきたいと考えています」(樋口涼也)
タイトル:Topochemical Reaction Involving Double-to-Single Layer Conversion: Mo3Ta2O10N with a Kagomé Lattice(2層から1層への変換を伴うトポケミカル反応: カゴメ構造をもつMo3Ta2O10N)
著者:Ryoya Higuchi, Kohdai Ishida, Cédric Tassel, Baptiste Vignolle, Daichi Kato, Kantaro Murayama, Hsin-Hui Huang, Akihide Kuwabara, Shunsuke Kobayashi, Yusuke Nambu, Hiroyasu Matsudaira, Shunsaku Kitagawa, Kenji Ishida, Congling Yin, Hiroshi Takatsu, and Hiroshi Kageyama
掲載誌:Journal of the American Chemical Society
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