プレスリリース

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概要

 北海道大学低温科学研究所の木村勇気教授、一般財団法人ファインセラミックスセンターの加藤丈晴主席研究員、穴田智史上級研究員、吉田竜視上級技師、山本和生主席研究員、株式会社日立製作所研究開発グループの谷垣俊明主任研究員、神戸大学大学院人間発達環境学研究科の黒澤耕介准教授、東北大学大学院理学研究科の中村智樹教授、東京大学理学系研究科の佐藤雅彦助教(現東京理科大学准教授)、橘 省吾教授、京都大学大学院理学研究科の野口高明教授、松本 徹特定助教らの研究グループは、探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから回収した試料(砂粒)の表面を、電子線ホログラフィー*1 と呼ばれるナノスケールの磁場を可視化できる電子顕微鏡を用いた手法で調べました。その結果、磁鉄鉱(マグネタイト;Fe3O4)粒子が還元して非磁性になった木苺状の擬似マグネタイトと、それを取り囲むように点在する渦状の磁区構造を持った多数の鉄ナノ粒子からなる新しい組織を発見しました。磁性鉱物は、初期太陽系の環境情報を記録できる天然の磁気記録媒体と言えます。これまで知られていた記録媒体は小惑星内で水質変質時に形成するマグネタイトや磁硫鉄鉱にほぼ限られていました。今回発見した新しい組織、とりわけ多数の鉄ナノ粒子は、これまで情報の無かった水質変質後の時代における初期太陽系内の磁場情報を記録している可能性があります。そのため、今後は未踏の太陽系形成史に迫ることのできる新たな磁気記録媒体として利用されることで、太陽系形成に関する新しいサイエンスが切り拓かれることが期待されます。
 なお、本研究成果は、日本時間2024年4月29日(月)公開のNature Communications誌に掲載されました。

宇宙の塵が小惑星リュウグウへ衝突した跡から、はやぶさ2探査機が持ち帰った試料と、その試料に記録されていた磁場の渦を電子の波で観察したイメージ図

【背景】

 大気のない小惑星などの太陽系小天体の表面は、太陽風や宇宙塵の衝突による宇宙風化作用によって時間の経過とともに変化します。この宇宙風化の痕跡を調べることで、天体表面の年代に関する情報などの惑星間プロセスを理解することができます。従来の研究の多くは、地球に降ってくる隕石を用いて行われています。しかし、ほとんどの隕石は小惑星の内部に由来する物質で構成されているため、宇宙風化の情報を持つ表面物質を研究することは困難です。したがって、宇宙風化の影響を知るには、探査機によって地球外の天体表面から回収した試料を分析する必要があります。本研究では、探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰った試料を分析しました。これは、「はやぶさ2初期分析チーム」の【石の物質分析チーム】による初期分析の一環として行ったものです。
 これまでのリュウグウ試料の初期分析から、宇宙風化作用の痕跡が見つかっています。それは、小惑星の内部で水質変質により形成する主要な鉱物である層状ケイ酸塩が、太陽風や宇宙塵の衝突によって部分的に脱水した組織です。このように、層状ケイ酸塩に対する宇宙風化作用は徐々に明らかになってきましたが、もう一つの重要な鉱物であるマグネタイトの宇宙風化に関する研究は限られていました。
 マグネタイトは磁気記録媒体としてハードディスクなどに使われている物質で、初期太陽系に関する研究では星雲磁場の重要な記録媒体として知られています。研究グループは、これまでの初期分析で、マグネタイトがリュウグウ試料の主要な磁気記録媒体であることを突き止めました。すなわち、リュウグウ試料の示す残留磁場は、リュウグウの母天体内部でマグネタイトが形成した時期や場所における磁場の強さに対応していることが分かったのです(木村勇気ほか Scientific Reports 13 (2023) 14096)。本プレスリリースの研究では、宇宙風化作用を受けたマグネタイトを、透過電子顕微鏡を用いて分析した結果、新たな磁気記録媒体となり得る新しい組織を発見しました。

【研究手法】

 研究グループは、宇宙風化作用を受けているリュウグウ試料の表面に存在するマグネタイトの磁場を、電子線ホログラフィーと呼ばれる透過電子顕微鏡を用いた手法で調べました。特に、地球大気による汚染や、分析装置が作る強い磁場の影響を受けないように、リュウグウ試料専用の手法を構築して分析に臨みました。集束イオンビーム加工装置を用いて、リュウグウ試料の超薄切片を作製し、電子線ホログラフィー専用の透過電子顕微鏡を用いて、マグネタイト粒子の磁束分布*2 を直接的に観察しました。磁場を観察した後は、通常の透過電子顕微鏡を用いて微細組織観察、結晶構造解析、元素組成分析、電子エネルギー損失分光分析を行いました。なお、これらの分析はすべてファインセラミックスセンターで実施しました。

【研究成果】

 超薄切片に含まれているマグネタイト粒子の通常の透過電子顕微鏡像(明視野像)と対応する磁束分布像を図1に示します。マグネタイト粒子の内部には渦状の磁区構造が見られます。この渦状磁区構造は非常に安定で、46億年以上にわたって磁場を記録し続けられます。研究グループが行った過去の初期分析で、これらのマグネタイトが、リュウグウ試料から得られた残留磁化の主な担い手であることが分かっています。すなわち、マグネタイトは天然のハードディスクとして初期太陽系の環境情報を記録しているのです。
 同じリュウグウ試料の異なる領域から切り出した超薄切片の透過電子顕微鏡像と磁束分布像を図2に示します。図1と同じような球形の粒子が見られ、一見すると水質変質を経験した隕石によく見られるマグネタイト粒子から成る組織です。これは木苺状組織と呼ばれています。しかし、この粒子の磁場を観察すると、図1Bのような渦状の構造では無く、のっぺりとした均質のコントラストを示しました。つまり、この粒子はマグネタイトのような組織ではありますが、実際にはマグネタイトを特徴づける磁石としての性質を失っていました。詳細な分析の結果、この粒子はマグネタイトと、それが還元することで形成するウスタイト(FeO)の両方の特徴を持っていることが分かりました。これは、これまでに知られていないタイプの木苺状組織です。研究グループはこのようなマグネタイトに見える非磁性の粒子を擬似マグネタイト(pseudo-magnetite)と名付けました。
 さらに、この擬似マグネタイトの周囲には鉄のナノ粒子が多数見られました(図3A、B)。その磁場を観察すると、図1Bに示したマグネタイトと同様の渦状磁区構造を示しました。これは、鉄ナノ粒子が長期間に渡って、この粒子が形成した時の磁場情報を保持できることを示しています。
 詳細な組織観察と元素分布から、擬似マグネタイトと鉄ナノ粒子は宇宙塵の衝突による加熱で形成したこと、そして、この一回の衝突で残留磁化計測が可能になる~104個の鉄ナノ粒子が形成することが分かりました。
 最後に、このような組織が形成するための条件について、計算機を用いた数値衝突計算により求めました。リュウグウ試料の物性値は直接調べられているため、詳細な計算が可能です。その結果、星雲磁場が消滅した後の時代にリュウグウの母天体に直径2-20 μmの非常に小さい宇宙塵が秒速5 km以上の速度で衝突することで、この組織が形成することが分かりました。これにより、この図2、3に示す組織は、水質変質が終った後の時代における太陽系の磁場情報を記録した新しい組織であると結論付けられました。

【今後への期待】

 地球に降ってくる隕石に擬似マグネタイトが含まれていた場合には、地上の大気の影響により原始太陽系円盤で獲得された残留磁化が汚染されてしまう可能性があります。そのため、残留磁化の研究における初期太陽系の磁場環境の議論を難しくする可能性があります。一方、探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから直接持ち帰った試料は、大気や磁場の汚染を最小限にして分析することができます。今回、我々が発見した鉄ナノ粒子は、高い磁気安定性を示す渦状磁区構造を有しており、衝突時に形成した当時の磁場情報を記録している可能性があります。そのため、今後、新しい記録媒体として使われることで、初期太陽系のより幅広い磁場環境の理解につながることが期待されます。

論文情報

論文名 Nonmagnetic framboid and associated iron nanoparticles with a space-weathered feature from asteroid Ryugu(小惑星リュウグウの宇宙風化作用に伴う非磁性木苺状組織と鉄ナノ粒子)

著者名 木村勇気1、加藤丈晴2、穴田智史2、吉田竜視2、山本和生2、谷垣俊明3、明石哲也3、葛西裕人3、黒澤耕介4、5、中村智樹6、野口高明7、佐藤雅彦8、松本 徹7、Tomoyo Morita6、Mizuha Kikuiri6、Kana Amano6、Eiichi Kagawa6、Toru Yada9、Masahiro Nishimura9、Aiko Nakato10、Akiko Miyazaki9、Kasumi Yogata9、Masanao Abe9、Tatsuaki Okada9、Tomohiro Usui9、Makoto Yoshikawa9、Takanao Saiki9、Satoshi Tanaka9、Fuyuto Terui11、Satoru Nakazawa9、Hisayoshi Yurimoto1、Ryuji Okazaki12、Hikaru Yabuta13、Hiroshi Naraoka12、Kanako Sakamoto9、Sei-ichiro Watanabe14、Yuichi Tsuda9、橘 省吾8、91北海道大学、2ファインセラミックスセンター、3日立製作所、4千葉工業大学、5神戸大学、6東北大学、7京都大学、8東京大学、9宇宙航空研究開発機構、10国立極地研究所、11神奈川工科大学、12九州大学、13広島大学、14名古屋大学)

雑誌名 Nature Communications

DOI  10.1038/s41467-024-47798-0

公表日 2024年4月29日(月)(オンライン公開)

問い合わせ先

北海道大学低温科学研究所 教授 木村勇気(きむらゆうき)
 TEL 011-706-7666  FAX 011-706-7666  メール ykimuralowtem.hokudai.ac.jp
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配信元

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京都大学渉外・産官学連携部広報課国際広報室(〒606-8317 京都市左京区吉田本町)
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【参考図】

図1. リュウグウ試料から切り出したマグネタイト(丸い粒子)粒子。(A)透過電子顕微鏡像。(B)電子線ホログラフィーにより得られた磁束分布像。粒子の内部に見られる同心円状の縞は磁力線に相当します。これは渦状磁区構造と呼ばれ、一般のハードディスクよりも安定で、46億年以上にわたって磁場の記録を保持できます。

図2. リュウグウ試料から切り出した超薄切片に含まれていた擬似マグネタイト(丸い粒子)。(A)透過電子顕微鏡像。(B)大きな四角で示した領域を電子線ホログラフィーで観察した結果得られた磁束分布像。粒子の内部に磁力線に相当する縞模様はみられず、磁区構造がないことが分かります。小さな四角の領域は図3Cに示します。

図3. 擬似マグネタイトの周囲に分布している鉄ナノ粒子。(A)図2の左上の領域を走査透過電子顕微鏡で撮影した暗視野像。図2とは白黒が反転しています。(B)対応する鉄の分布像。矢印は鉄ナノ粒子を示しています。(C)AとBの中央領域(図2Aの小さな四角の領域)の磁束分布像。擬似マグネタイトには磁力線が見られない一方で、鉄粒子の内部には同心円状の渦状磁区構造が見られます。

図4. 宇宙塵がリュウグウ表面へ衝突する様子の一例。左から右へ時間が経過します。最終的な温度を色で示しています。黄色の領域ではマグネタイトが熱で分解して還元されます。衝突体の半径と同程度の厚みまで加熱されていることが分かります。国立天文台天文シミュレーションプロジェクト(CfCA)の計算機を使用しました。

【用語説明】

*1 電子線ホログラフィー

 電子の波としての性質を利用して、試料の磁場や電場などを可視化できる手法。

*2 磁束分布

 磁界の強さと方向を線の束として表わした分布。

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