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本研究の

I【概要】

 水素社会実現へ向け、酸素と水素の反応を電気に変える固体高分子形燃料電池*1 を使った電気自動車が実用化され、今後、さらなる普及が望まれています。固体高分子形燃料電池では電気を取り出す際に水が出るだけの環境に優しい電池です。一方、酸素と水素を効率よく反応させるためには高価なプラチナを触媒*2 に用いる必要があります。プラチナの使用量を少なくするため他の金属と混合したプラチナ合金粒子の開発が行われてきました。そして、プラチナとコバルトが周期的に並んだ合金をプラチナで薄く覆うと非常に優れた触媒性能を示すことが知られています。一方、なぜ触媒性能が向上するのかは明確には分かっていませんでした。
 本研究では酸素と水素の反応が粒子表面で行われることに着目しました。走査透過電子顕微鏡法*3 という原子の並びを見ることができる方法を独自に発展させ、表面原子の並びをピコメートル精度で計測する手法を確立し観察を行いました。1 ピコメートルは 1 ナノメートルの千分の一、つまり 0.001 ナノメートル(0.000000000001 メートル)と非常に小さな値です。この計測手法により、プラチナとコバルトが周期的に並んだ合金の表面では、プラチナが均等に並んでいるのではなく、プラチナ同士が非対称な結びつきで並んでいることが分かりました。このプラチナの並びを理論計算によりシミュレーションすると、酸素と水素の反応に適した原子の並びであることが分かりました。わずかな原子の並びの変化が触媒性能に大きく影響を与えることを直接観察と理論計算から明らかにすることに成功しました。
 この成果をもとに、水素社会実現へ向け、表面をピコメートルスケールで制御した新たな触媒の開発へつながることが期待されます。
 本成果は、2025 年 1 月 16 日(US 時間)に米国化学学会「ACS Nano」に掲載されました。

図1 プラチナコバルト合金粒子表面の電子顕微鏡観察

II【本研究の詳細】

① 現状と課題

 水素社会の実現へ向け、酸素と水素の反応を電気に変えることできる固体高分子形燃料電池を使った電気自動車の広い普及が望まれてきています。固体高分子形燃料電池では電気エネルギーを取り出す際に水が出るだけの環境に優しい電池です。一方で酸素と水素を効率よく反応させるためには高価なプラチナを触媒として用いる必要があります。このプラチナの使用量を少なくするため他の金属と混合したプラチナ合金粒子が提案され、さらに、純プラチナのときよりも優れた性能をもつプラチナ合金触媒の開発が行われてきました。ここで、プラチナとコバルトを混合したプラチナコバルト合金では、プラチナとコバルトがランダムに混ざった固溶体合金*4 とプラチナとコバルトが周期的に並んだ金属間化合物合金*5 の2種類が知られています。そして、図2に示す周期的に並んだ金属間化合物合金をプラチナで薄く覆った粒子では非常に優れた触媒性能を示すことが分かってきました。一方、なぜ、触媒性能が良くなるのかは明確には分かっていませんでした。

図2 純プラチナ、プラチナ固溶体合金と金属間化合物合金の粒子触媒性能

② 研究成果

 酸素と水素の反応は粒子の表面で行われます。すなわち、表面のプラチナの並びを調べることで特性が良い理由を知ることができます。しかしながら、これまで粒子表面のプラチナの変化は非常に小さいため調べることができていませんでした。ファインセラミックスセンターでは走査透過電子顕微鏡法という原子の並びを見る手法を発展させ、粒子表面の原子の並びをピコメートルの精度で計測する手法を確立しました。1ピコメートルとはナノメートルよりも一桁小さい0.001ナノメートル(0.000000000001メートル)と非常に小さな大きさです。
 本研究ではプラチナ(Pt)とコバルト(Co)の組成が3:1となるPt3Co粒子の観察を行いました。図3にPt3Co金属間化合物合金粒子の観察結果を示します。CoとPtが周期的に並んでいることが分かります。ここで(111)面が触媒性能に重要な表面となります。この(111)表面を拡大して観察するとPt3Coの上にPtが2原子層形成していることが分かりました。

図3 Pt3Co合金粒子の(111)表面の電子顕微鏡観察結果

 観察された表面の原子の並びを理解するため、理論計算(第一原理計算*6)によりシミュレーションを行いました。実験で観察された表面と理論計算モデルを比較した結果を図4に示します。薄い黄色で示したPtとPt3Coが接する境界では原子同士の距離が大きく伸び縮みしていることが分かりました。これは大きさの異なる原子同士の結合を安定化させるために変化したと考えられます。この境界での変化が表面のPt原子の並びへ影響を与え、図4の赤で示したPt原子は非対称な結合を形成していることが分かりました。この時の原子同士の距離の変化は僅か1~2ピコメートル(pm)でした。

実験データ
理論計算モデル

図4 実験データと理論計算モデルの比較

 酸素と水素が反応して水が生成される過程では、表面のPt原子に酸素が吸着することが第一歩となります。このとき、酸素とPtの吸着エネルギーが強すぎても弱すぎても、触媒反応はうまく進行しません。吸着エネルギーが強すぎる場合、酸素が表面に強く結びつくため、次の反応ステップが妨げられ、逆に弱すぎる場合、酸素が安定的に吸着できず反応が進まないためです。この酸素とPtの吸着エネルギーと密接に関係しているのがPtのdバンドセンター*7です。dバンドセンターが高い場合、吸着エネルギーが高く、dバンドセンターが低い場合、吸着エネルギーが低くなる傾向があります。
 今回観察された金属間化合物合金表面の非対称な結合を持つPt原子のdバンドセンターを理論計算により調べた結果、純粋なPtやPtとCoがランダムに混ざった固溶体合金の表面Pt原子と比較して、dバンドセンターが最も低くなることが分かりました(図5)。金属間化合物合金表面の非対称な結合を持つPt原子では、結合の不均一性や局所的な歪みにより平均Pt-Pt原子間距離が最も小さくなるため、dバンドセンターが低くなったと推察されます。そして、この適度に低い吸着エネルギーは、酸素が表面に吸着した後、必要以上に強く結合せず、速やかに反応に移行できるため、金属間化合物合金粒子では触媒性能が向上したと考えられます。
 これらの結果から、わずか数ピコメートルの原子の並びの変化が触媒性能に大きな影響を与えることを、直接観察と理論計算を組み合わせた独自の解析手法により、世界で初めて明らかにすることに成功しました。

理論計算モデルによる表面PtのPt-Pt原子間距離
原子間距離とdバンドセンター

図5 理論計算モデルによる表面Pt層のPt-Pt原子間距離とdバンドセンター

③ 今後の展開

 今後、ピコメートルスケールでの変化を計測する技術と理論計算を組み合わせた研究を発展させ進めていくことで、酸素と水素の反応に適した表面の原子の並びの本質をより詳細に明らかにしていく予定です。そこで得られる知見に基づいた材料設計を行うことで、より優れた触媒材料の創出ができ、固体高分子形燃料電池の性能向上への貢献が期待されます。

掲載論文

 本成果は、2025年1月16日(US時間)に米国化学学会「ACS Nano」に掲載されました。

著者:Shunsuke Kobayashi, Yuki Omori, Kei Nakayama, Kousuke Ooe, Hsin-Hui Huang, Akihide Kuwabara

タイトル:Asymmetric Atomic Coordination of Platinum Skin Layer on Intermetallic Platinum–Cobalt Particles

掲載誌:ACS Nano (2025)

DOI:10.1021/acsnano.4c13291

 本研究は国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業JPNP20003」、JSPS科研費(JP21K18196、JP22H04914)、文部科学省データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業JPMXP1122683430、また一部はJSPS科研費(JP22KJ3209、JP23H00241、JP23K13553、JP23K13567)の助成を受けて行われたものである。

【用語説明】

※1 固体高分子形燃料電池

 酸素と水素を反応させて電気を発生させる電池で、電解質に高分子膜を用いている。電気自動車の動力源として実用化されている。

※2 触媒

 化学反応を促進する物質であり自身は反応後も変化しない。固体高分子型燃料電池の電極に用いられる。

※3 走査透過電子顕微鏡法

 0.1 nm以下にまで収束した電子プローブを試料に照射・走査し、原子による散乱を利用して原子像を取得する電子顕微鏡法

※4 固溶体合金

 異なる金属元素が均一に混ざり合い、単一の結晶構造を持つ合金

※5 金属間化合物合金

 異なる金属元素が特定の原子比で規則的に配列した結晶構造を持つ合金

※6 第一原理計算

 物質中の原子の配置情報のみを与えることで量子力学の原理に基づき  経験的なパラメーターを用いること無く電子状態、化学結合、エネルギー状態を計算する手法

※7 dバンドセンター

 プラチナ(Pt)のd軌道の電子状態密度における中心のエネルギー位置

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