多元素化による航空機エンジン向け耐熱酸化物の結晶構造制御に成功
~ 原子レベルの混合状態を活用した新しい耐熱材料設計に貢献 ~
2025年5月15日
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2025年5月15日
航空機エンジンの燃費を飛躍的に向上させて地球温暖化ガス(CO2・NOX)排出量の大幅削減を図るには、高圧タービンの入口温度の高温化と部材冷却に要する圧縮空気量の大幅削減が有効です。そのため、従来より高温の燃焼ガスに曝される耐熱合金の表面に対して、低熱伝導のイットリア添加ジルコニアを被覆した遮熱コーティング※1を用いることで、部品を高温の過酷環境から保護してきました。 しかし、地球環境問題の顕在化に伴うさらなる燃費改善とCO2排出量削減の要求に応えるため、遮熱コーティングの一層の遮熱特性向上と耐久性改善が望まれています。本用途に用いられる耐熱酸化物は、離着陸の過程で大きな温度変化を経験するため、温度変化の過程で急激な体積変化が生じないこと(構造安定性に優れること)が材料選定の必要条件となります。
本研究では、従来の材料よりも低熱伝導である希土類チタン酸化合物※2において、多数の希土類元素※3を混合した多元素化により、耐熱酸化物の構造制御が可能であることを示すことに成功しました(図1)。更に、ナノ構造分析により原子分布を特定することで、構造制御のカギとなる配置のエントロピー※4を定量的に評価し、構造安定性の変化に及ぼす配置のエントロピーの役割を明らかにすることができました。得られた知見は、航空機エンジンの耐熱部材開発に大きく貢献できるものと期待されます。更には、多彩な機能性を有し、様々な分野で応用材料として研究が進められているハイエントロピー酸化物※5の設計に広く役立てられるものと期待されます。
図1 4種類の希土類元素を混合した希土類チタン酸化合物 (4R)2TiO5の結晶相マップ(Rは希土類元素)。希土類元素の組合せに応じて、希土類元素の平均イオン半径の大きい方から、直方晶、六方晶、立方晶の結晶構造が形成されます。斜線ハッチ部分は、希土類元素が1種類の場合の六方晶の安定領域を示しています。
(4R)2TiO5系において六方晶の安定領域が大きく拡大しています。その結果、温度変化に対して結晶構造が変化せず、構造安定性に優れる六方晶材料の作製が可能になります。
航空機の技術革新とともに、年々、国内外の渡航や物流の需要が拡大し、それに伴い航空機の利用量も増加してきました。しかし、低環境負荷な持続可能社会を目指すに当り、航空機から排出されるCO2やNOxの削減が課題となっています。このような温室効果ガスの排出量を抑制するには、航空機エンジンの燃焼温度を上昇し、高効率化を図ることが必要になります。高温の燃焼ガスに曝される高温部材の耐熱性を向上するために、低熱伝導性の耐熱酸化物(遮熱コーティング※1)が使用されており、より優れた遮熱コーティング材料の開発が求められています。このような耐熱部材は航空機の離着陸の過程で大きな温度変化を経験するため、低熱伝導であることに加え、温度変化による体積変化や結晶構造変化が生じないこと(構造安定性に優れること)が新規耐熱酸化物の必要条件となります。これまで耐熱酸化物の低熱伝導化のための研究は活発に進められてきましたが、一方で、結晶構造安定性に関する制御手法についてはあまり注目されてきませんでした。
本研究では、低熱伝導である希土類チタン酸化合物R2TiO5系(Rは希土類元素)※2に着目をしました。本系において、R元素の種類(イオンサイズ)と温度に応じて、直方晶、六方晶、立方晶の結晶構造が形成されます。これらのうち六方晶は高温でのみ安定になり、温度変化により構造相転移が生じる為(図1の斜線ハッチ部分)、六方晶R2TiO5を耐熱材料の候補とすることは困難となります。そこで、4種類のR元素を混合することにより、結晶構造を制御することを試みました。R元素の組合せを系統的に変えた(4R)2TiO5サンプルを合成し、結晶構造を特定した結果、六方晶の安定領域がR元素1種類の場合と比べて大きく拡大することが示されました。
更に、得られた結晶安定性変化の因子を明確にするため、電子顕微鏡による原子分解能元素マッピング※6や粉末X線リートベルト解析※7等のナノ構造分析を連携し、各結晶相の原子構造の解明を行いました(図2)。得られた結果より算出した配置のエントロピーをもとに、各結晶構造において希土類混合によるエントロピー変化を表す混合エントロピーを評価することができました(図3)。混合エントロピーは六方晶が直方晶に比べて強く安定化する傾向を示しており、図1の結晶相マップにおける安定領域の変化と符合する傾向となっており、エントロピー変化が構造安定性変化に強く影響しているものと考えられます。以上のように、原子レベルの混合状態を活用して特定の結晶相を安定化する合理的な材料設計アプローチが可能であることを示しました。
これまで低熱伝導である一方で構造安定性に劣る酸化物は耐熱材料の候補から除外されていましたが、ハイエントロピー化による結晶構造制御を用いて耐熱酸化物の材料選択の幅を大きく広げることができます。これにより、航空機エンジンの耐熱部材開発に大きく貢献できるものと期待されます。また、ハイエントロピー酸化物は近年、耐熱用途以外にも、リチウムイオン電池や触媒材料等、様々なエネルギー関連環境デバイスの性能向上をもたらす戦略として、研究開発が活発になってきており、本研究で得られた知見はそれらの材料開発においても有効に利用可能であると考えられます。
図2 (4R)2TiO5の陽イオンのマッピング像;立方晶(左上)、六方晶(右上)、直方晶(下)
図3 混合エントロピーの評価結果(下図)。上部の式に示される通り、ある結晶相の混合エントロピーが上昇するほど、対応する自由エネルギーは低下し、熱力学的に安定になる傾向があります。平均イオン半径が比較的小さい場合、直方晶の結晶構造では混合エントロピーが負になり、不安定化する傾向を示しています。このような結晶構造の詳細に起因する混合エントロピーの違いが、図1の六方晶領域の拡大に大きく寄与するものと考えられます。
本成果は2025年4月26日に国際科学雑誌「Advanced Science」(Wiley社)オンライン版に掲載されました。本論文は、Wiley社Advancedシリーズの特集「Hot Topic: Artificial Intelligence and Machine Learning」に選出されています。
タイトル:Controllable Crystalline Phases of Multi-Cation Oxides
著者:Takafumi Ogawa, Makoto Tanaka, Naoki Kawashima, Taishi Ito, Kei Nakayama, Takeharu Kato, Satoshi Kitaoka
掲載誌:Advanced Science
本研究は、防衛装備庁安全保障技術研究推進制度JPJ004596、および科研費・基盤研究B(JP24K00768)の支援を受けて実施されました。
遮熱コーティングは、航空機用エンジンや火力発電プラントのガスタービン高温部材の金属基板上に施工されるコーティング層であり、耐熱性の高い金属結合層と低熱伝導性を有するセラミックストップコート層から構成されています。現状では、セラミックス層としてイットリアを5~6質量パーセント添加したジルコニア(イットリア添加ジルコニア)が主に用いられています。このセラミックス層をガスタービン高温部品の表面に施工して、金属基材温度を 100~200℃程度低下させることにより、燃焼ガスの高温化と基材の長寿命化を可能としています。
希土類チタン酸化合物R2TiO5は原子数密度が低く、結晶中に隙間が多く存在する低熱伝導性を示す酸化物です。R元素としては希土類元素を広く取ることができますが、イオンサイズと温度に依存して結晶構造が変化します(図1)。R2TiO5焼結体の熱伝導率は、現用のイットリア添加ジルコニア焼結体の場合の1/3以下であり、低熱伝導体に特有のフラットな温度依存性(ガラス的振舞い: glass-like behavior)を示します。Yb2TiO5の熱伝導率データに関して、我々のグループより下記の文献に報告をしています。
参考文献:K. Asai, M. Tanaka, T. Ogawa, U. Matsumoto, N. Kawashima, S. Kitaoka, F. Izumi, M. Yoshida, O. Sakurada, “Crystal structural, thermal, and mechanical properties of Yb2+xTi2−xO7−x/2 solid solutions,” J. Solid State Chem. 287, 121328 (2020).
希土類元素は、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15種類のランタノイドにスカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)を加えた17種類の元素の総称です。+3価の陽イオンとなる場合が多く、お互いに置換しやすい元素群となります。一方、イオンサイズは元素によって異なるため、原子間距離や結合状態が希土類の選択により系統的に変化し、希土類を含む酸化物は、豊富な材料選択性を有するシリーズとして広く研究されています。
エントロピーは、材料中の原子が取りうる状態の数と結びつく熱力学的な物理量です。単純化していうと、乱れが大きい状態の方がエントロピーが大きくなり、高温で熱的安定性が高くなる傾向があります。配置のエントロピーは、結晶構造中における可能な原子配置のパターン数によって決まる不規則度を表す物理量であり、多元素を混合するほど、等量に近づくほど、エントロピーは高くなります。一般的に、ある温度において、配置のエントロピーが高いほど熱力学的に安定化されるため、融点や結晶相安定性等の熱力学的な特性変化が期待されます。
ハイエントロピー酸化物は、比較的単純な組成の金属酸化物(AO, ABO3等)を基準として、多数の元素を結晶のサイトに共存させることで、配置のエントロピー※4を増加した酸化物を指します。力学特性やイオン伝導性等、様々な材料特性が調整可能という報告が多数あり、材料の機能性を高めるための新しい開発指針として近年注目されています。
原子サイズの電子プローブ(直径0.1ナノメートル以下)を電子顕微鏡用薄片試料に走査し、試料から発生する元素固有のX線信号(特性X線)を高感度な検出器で捉えることにより、個々の原子列に含まれる元素の分布を可視化する方法となります。
実験より得られるX線回折パターンに対して、任意の構造モデルから得られる理論的回折パターンをフィッティングすることで、構造モデルに内在するパラメータを最適化する方法となります。これにより、原子の分布や位置を含む結晶構造モデルの精密化に加え、構造モデルの妥当性を検討することができます。
一般財団法人ファインセラミックスセンター
ナノ構造研究所 計算材料グループ 小川貴史
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