表面に集まるゲルマニウム原子がゲルマネン合成の鍵
―加熱か冷却かで「粒」か「シート」かが決まる原理を解明、量子ビット材料探索に貢献―
2026年4月23日
Press Releases
2026年4月23日
● ゲルマニウム原子が一原子の厚みで蜂の巣状に並んだ「ゲルマネン」は、壊れにくい量子ビットを実現する候補として理論予測されている材料です。しかし、その成長の仕組みは未解明であり、作製中に粒状ゲルマニウムが混在することが課題でした。
● 本研究では、ゲルマニウム基板上の銀薄膜に加熱・冷却でゲルマネンを作製する手法を詳細に解析しました。結果、加熱中300℃で現れたゲルマニウム粒が500℃で消えること、500℃から300℃への冷却中に銀薄膜表面のゲルマニウム量が増えることの2工程がシート状のゲルマネン形成の鍵であることを明らかにしました。
● 500℃の高温状態を経験する必要性を解明し、ゲルマネン作製における再現性や安定性を高めました。また、他の原子一層物質での作製への発展性があることを示しました。この知見はゲルマネンの安定合成を通じて壊れにくい量子ビット材料の探索に貢献します。

ゲルマネン*1は、ゲルマニウム原子が蜂の巣のように並んだ構造をとる原子一層のシートです。壊れにくい量子ビット*2*3の実現につながる可能性が理論的に示されており、量子コンピュータ応用を見据えた材料候補に挙げられています。ゲルマニウム基板に銀薄膜を作って加熱し冷却すると、ゲルマネンが薄膜の上に現れます。しかし、ゲルマニウムは本来、三次元の粒状結晶が最も安定です。なぜ最安定の粒ではなくシート状のゲルマネンが選ばれるのかその仕組みは分かっておらず、粒状ゲルマニウムが混在することがゲルマネンの安定合成の妨げとなっていました。加えて、ゲルマネンは空気に触れると容易に変質するため、作製中の状態を捉えること自体が難しく、ゲルマネンの成長過程の理解を妨げる大きな要因となっていました。
そこで本研究では、なぜ銀薄膜上に粒状ゲルマニウムではなく、シート状のゲルマネンが形成されるのかを解明するため、レーザー光(ラマン分光法*4)とX線(X線光電子分光法 (XPS)*5)を用いて、真空中で加熱・冷却中の表面状態の変化を追跡しました。その結果、300℃での加熱中に銀薄膜上に生じたゲルマニウム粒は500℃まで加熱すると消え、500℃から300℃への冷却中に銀薄膜中のゲルマニウムが表面に集まりゲルマネンを形成することが分かりました。すなわち、ゲルマネン形成の決め手は500℃からの冷却に伴って薄膜表面のゲルマニウム量が増えることであり、同じ300℃でもより高温の500℃を経験したという温度の履歴が「粒」か「シート」かの構造を決めるという仕組みを明らかにしました。
本成果は、ゲルマネンの安定合成を妨げる粒状ゲルマニウムができにくい条件とその理由を、温度履歴、原子の移動距離、表面ゲルマニウム量の変化から明らかにし、経験則だった合成条件に設計思想をもたらすものです。これにより、壊れにくい量子ビット材料候補として期待されるゲルマネンを、より再現よく安定に作製するための条件設計と最適化が進みます。また、この考え方は他の原子一層材料にも広がる可能性があり、材料開拓の新たな指針になると期待されます。
本研究は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範、以下「原子力機構」)原子力科学研究所 先端基礎研究センター表面界面科学研究グループの寺澤知潮研究副主幹、矢野雅大研究員、朝岡秀人研究専門官、鈴木誠也研究副主幹、物質科学研究センター放射光科学研究グループの津田泰孝研究副主幹、吉越章隆研究主幹、国立大学法人東京大学(総長:藤井輝夫)生産技術研究所の小澤孝拓助教、一般財団法人ファインセラミックスセンター(理事長:伊勢清貴)の勝部大樹上級研究員によるものです。
本研究成果は、3月10日付(日本時間)の「Chemistry of Materials誌」に掲載されました。
ゲルマネンは、ゲルマニウム原子が蜂の巣状構造をとる原子一層のシート状材料です。理論研究ではゲルマネンは壊れにくい量子ビットの候補として期待されています。ゲルマニウム基板の上に銀薄膜を作り、「500℃までの加熱・室温までの冷却」を行うと、銀薄膜表面にゲルマニウムがにじみ出る過程でゲルマネンが生じることが知られています。しかし、ゲルマニウムは本来、立体的な粒状構造が最も安定です。なぜ最安定の粒ではなくシート状のゲルマネンが選ばれるのか、その仕組みは分かっておらず、粒状のゲルマニウムの抑制はゲルマネンの安定合成に向けた課題でした。さらにゲルマネンは空気に触れると変質しやすいため、作製途中の状態を真空中でそのまま追跡する必要がありました。
研究チームは、ゲルマニウム基板上に厚さ150 nm(ナノメートル、ナノは10億分の1)の銀薄膜を作製し、試料を真空中から外に出さずに500℃までの加熱と室温までの冷却を行いました。この間、レーザー光を用いるラマン分光法で作製中の状態変化を追跡し、図2(a)のようにゲルマニウム原子の状態を明らかにしました。

図2 温度の通り道で変わるゲルマネン形成 (a) A~Cの各温度におけるゲルマニウムの状態の模式図 (b)試料温度の変遷図 (c) A~Cの温度のラマン分光で得られたラマンスペクトル
Aでは立体的な粒を表すピークが現れ(青矢印)、Bではゲルマニウムに由来する信号は観測されず、Cではゲルマネンを表す2つのピーク(赤矢印)が現れた
室温から300℃まで加熱した時点(図2(b) A)において、ラマンスペクトル(図2(c) Aの青線)には立体的なゲルマニウム粒を示すピークが現れたことから、加熱中の300℃では「粒」が選ばれることが分かりました。続けて500℃(図2(b) Bの緑線)まで加熱すると、粒を示す信号は消えました。このことから、500℃では粒状構造が消えて、ゲルマニウムが原子状態で銀薄膜の表面を出入りするように動く状態になったと考えられます。また、銀薄膜中に含まれるゲルマニウム原子の初期量を変えた実験においても、初期状態に依らず500℃ではこの表面状態に至ることも分かりました。
次に、500℃の高温状態から冷却すると、300℃に至った時点(図2(b) Cの赤線)でゲルマネンを示す2つのピークが観測され、ゲルマネンの形成を確認しました。つまり、同じ300℃でも、室温から加熱してきた300℃と、500℃から冷却してきた300℃という履歴の違いによって「粒」になるか「シート」になるかが逆転することを示しました。
さらに、ゲルマネン形成時のゲルマニウム原子の挙動を明らかにするため、X線光電子分光法(XPS)を用いて、加熱・冷却しながら銀薄膜表面のゲルマニウム原子の量を観測しました。その結果、室温から加熱中の300℃ではゲルマニウム原子の量は「一層分」に満たないのに対し、500℃から冷却で300℃に達した時点で「一層分」を上回る水準に増えていました(図3 (a))。つまり、室温から300℃へ上げた場合は表面ゲルマニウム量が少なく、粒などの競合相が生じやすい一方、500℃から300℃へ下げた場合は表面がゲルマニウムに富んだ環境になり、シート状のゲルマネンが選ばれやすくなることを見出しました。
研究チームはこの違いを、銀薄膜中でゲルマニウム原子が動ける距離と温度の関係から説明しました(図3(b))。各温度における温度保持の時間(10分)のゲルマニウム原子の移動距離を文献値から見積もると、500℃では約500 nmと銀薄膜厚(150 nm)より長く、ゲルマニウム原子が銀薄膜全体を移動できる一方、300℃では約8 nmと短くなります。500℃まで加熱した段階ではゲルマニウム原子が銀薄膜内を広く動けるため、最初にゲルマニウム原子がどこにどれだけ居たかに関わらず、表面状態が同じ状態に至ります。そこから300℃まで冷却される間に、ゲルマニウムは銀薄膜に溶けきれなくなり、しかも移動できる距離も短くなるため、表面に集まりやすくなります。その結果、粒などの競合相ではなく、ゲルマネンが選択的に形成されるという成長の全体像を示しました。


図3 (a) 銀薄膜表面の温度とゲルマニウム量 (b) 銀薄膜内でゲルマニウム原子が動ける距離
(a) XPSで表面ゲルマニウム量(Ge/Ag比)を分析したところ、500℃付近で初期条件に依らず同値に収束し、冷却で表面量が急増して「原子一層分」を上回る (b) 銀薄膜中で動ける
本成果は、ゲルマネン作製を妨げる競合相が登場しにくい条件とその理由を、温度履歴、原子の移動距離、表面ゲルマニウム量の変化の3点から説明し、これまで経験則で組み立てていた合成条件を今後は設計原理として扱えるようにした点に意義があります。これにより、量子材料候補として期待されるゲルマネンを、より再現よく安定に作製する条件最適化が進むと期待されます。また、この考え方は他の原子一層材料にも広がる可能性があり、材料開拓の新たな指針になると考えられます。
雑誌名:Chemistry of Materials (2026)
タイトル:“In situ study of growth mechanism of germanene segregated through Ag(111) thin films by Raman and X-ray photoelectron spectroscopy”(銀薄膜を通した偏析によるゲルマネン形成を、ラマン分光とXPSでその場追跡)
著者名:Tomo-o Terasawa*、Daiki Katsube、Masahiro Yano、Takahiro Ozawa、Yasutaka Tsuda、Akitaka Yoshigoe、Hidehito Asaoka、Seiya Suzuki
<原子力機構>
寺澤知潮(研究副主幹):研究立案、実験、解析、考察、総括
矢野雅大(研究員)、津田泰孝(研究副主幹):実験、考察
吉越章隆(研究主幹)、朝岡秀人(研究専門官):考察
鈴木誠也(研究副主幹):試料提供、実験、考察、総括補佐
<東京大学 生産技術研究所>
小澤孝拓(助教):実験、考察
<ファインセラミックスセンター>
勝部大樹(上級研究員):実験、考察
本研究はJST PRESTO(JPMJPR21B7)、JSPS科研費(26420289、19H05789、20K05338、23H01811、23K26504、23K26540、24K01407)、MEXT卓越研究員事業(JPMXS0320210036)、JAEA理事長裁量経費・萌芽研究・黎明研究、および熊谷科学技術振興財団の支援を受けて実施しました。SPring-8における測定はJASRI承認(課題番号: 2022A3801、2022B3801、2023A3801、2023B3801、2024A3801)の下で行いました。
ゲルマニウム原子が蜂の巣状に並んだ、原子一層の材料。炭素一原子厚の蜂の巣構造「グラフェン」と同じ構造のため、この名が付いた。ゲルマネンを細い帯状に加工したとき、外部から乱されにくい量子状態が端に現れるため、壊れにくい量子ビットの候補として理論的に予測される。
量子コンピュータで情報を表す基本単位。通常のコンピュータが「0」か「1」のどちらかで情報を扱うのに対し、量子ビットは「0」と「1」が重なり合った状態をとることができるため、より多くの情報を同時に扱えると期待されている。
外部からのわずかな乱れやノイズの影響を受けにくく、情報が失われにくい量子ビットのこと。量子コンピュータでは情報が壊れやすいことが大きな課題であり、このような安定な量子ビットの実現が重要とされている。
レーザー光を試料に当て、返ってくる散乱光の波長の変化を調べることで、材料の結合状態の違いを読み取ったり材料を同定したりできる測定方法。
X線を試料に当てて飛び出す電子のエネルギーを測り、表面にある元素の量や状態を調べる測定方法。
(研究内容について)
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
原子力科学研究所 先端基礎研究センター
表面界面科学研究グループ
寺澤 知潮
TEL: 029-384-3504
: terasawa.tomoojaea.go.jp
(報道担当)
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
総務部 報道課
TEL:070-1460-5723
: tokyo-houdoukajaea.go.jp
国立大学法人
東京大学 生産技術研究所 広報室
: proiis.u-tokyo.ac.jp
一般財団法人 ファインセラミックスセンター
研究企画部 伊奈 弘善
: ressupjfcc.or.jp
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